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横内勝司が生きた時代

目の前の現実を一瞬で切り撮る。現在では写真を始める人の多くはそこから入り、やがて技巧を覚え、作為的な演出を加えた創作の要素が強くなっていく。それは絵画が具象から抽象へ移ってきたのと同様です。写真の歴史はまったく逆です。当初の写真は感光材の感度が低く長時間の露光が必要でした。そのためイメージした画像を得るための演出は必須でした。ガラス乾板からシートフィルムに代ってもそれは同じで、目の前の現実を一瞬で切り撮れるようになるのはずっと後のことです。約100年前に現在の35mmフルサイズの原型となる小型カメラのライカが誕生したことで、それまで絵画の後追いでしかなかった写真が独自の歴史を歩み始めたと言っても過言ではないでしょう。日本でも戦後活躍したスナップの名手を「ライカ使い」と呼んだりもします。

そこで横内勝司が撮影した戦前の写真ですが、撮影はすべてガラス乾板と蛇腹式カメラによるものです。演出なしには撮れない機材ですが、最新のデジタルカメラで撮影しても簡単ではない躍動する子供達の一瞬が演出を感じさせることなく、ほぼ一発で撮影されていることに驚きます。当時からアートを意識した写真は撮られてました。後に独自の作風で知られることになる鳥取出身の植田正治さんの作品など、確かに前衛的ではありますが、演出して撮るという意味では当時の常識の範疇を出ません。日常の瞬間を切り撮るという、後にライカ誕生によりもたらされる写真の本質とも言える概念を、その誕生を待てずにいち早く、創意と工夫により実践した写真家が横内勝司さんです。巧みに人物を配した山岳写真は、その日その時の山行の記録であると同時に山のスケール感をも表現したもので、後に登場する多くの山岳写真とは一線を画すものです。

 

戦争という暗黒の時代を迎えるその前に、遥か先の来るべき時代を見据えたような広告写真を連想させる作品。そして躍動感溢れる子供たちの日常を演出を感じさせることなくスナップ風に捉えた作品の数々。古き良き時代を懐かしむ郷愁、ノスタルジーというのは発展の行き着く先を知った現代人の感情です。誰もが次代に憧れ近代化と西洋化を急いだこの時代、誰もが正気を失い、やがて狂気の戦争に向かう時代にあって、横内勝司が見つめた本当に大切な日常。そしてこれを根こそぎにする戦争という暴力への思い…天才写真家という一言では語れない、人間 横内勝司の魅力を自身の目で確かめてください。

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